やられたな、当真は小さく舌打ちをした。

天気予報で雨マークが出ていたことは知っていたが、まさかこんなにタイミングよく降られるとは。

どっちにしろ、両手いっぱいに野菜を抱えているのだから傘があったところで意味もない。そう考え直してスーパーから踏み出したとき、聞き覚えのある声がした。

「当真?」

 見るとわが葉岳荘の住人の一人である聖である。学校帰りであろうか、気色悪い人形がたくさんついた鞄を抱え、ピンクの折り畳み傘を差している。

「かさ、ないの?」

 少し首をかしげながら言う彼女は当然のように近づいてきて、そっとその小さい傘を傾けた

「さ、帰ろう」

「え」

 当真は慌てて身を引いた。

聖がキッと睨んでくる。

「てめえみたいなやつを入れてやるっつってんだよ。さっさと入れM字が」

 M字に罪はないはずだ。言葉の代わりにため息が漏れて、おとなしく身を寄せた。

ただでさえ小さい傘である。動くたびに肩がふれ、少年は爆発しそうな鼓動を自覚した。

滴にぬれた彼女の髪が少年の首筋に触れる。心地よい湿気と雨特有の甘い匂いにめまいがした。二人は口を利くことはなかったが、どこかしらが触れるのを拒む様子もなく、

脳が痺れそうな罪悪感と、蜜をすくうような秘密を無言で共有した。

 さて、ここにひとつ立ち尽くす影がある。雨足は強いが傘もささずに呆然として、唇は声にならない言葉をひたすら紡いでいる。

その手には、少年が愛用している赤い折り畳み傘が握られていた。

しばらく雨に打たれた紫の影は、急に力が抜けたように座り込んだ。

byたくあん