雫と宗士は夕焼けが反射する川縁に、きれいな体育座りをしていた。顔には悟ったような笑みを浮かべている。どうしてこんなことになったのか。

事の起こりはつい30分前である。

雫は学校からの帰り道、葉岳荘に向かう途中なぜか見知らぬ民家の屋根の上で「バカヤロー!」と叫んでいる宗士に遭遇した。一瞬固まったあと逃げようとしたが、遅かった。手を振り回して屋根の上から名前を叫ばれた雫は自宅と反対方向に駆け出した。宗士が屋根づたいに追いかけてくるのが視界の端に写ったが意に介さず、夕暮れの街の中をでたらめに駆け回ったところで川沿いにでた。精根尽きた雫は宗士を引きずり下ろして、とりあえずおとなしく座るよう言ったのだった。

「で、何であんなことしたの?」

 雫が笑みを崩さぬまま問うと、宗士は反省の色も示さず、だって、と言った。

「俺のパッションがソウルにバカヤローって言えって言ったから…」

 ここに当真や敏がいたら、バカヤローはお前だと軽蔑の眼差しを矢のように降らせただろう。

すっかり参ってしまった雫は胸にてを当ててため息をつく。

すると今度はなにを勘違いしたのか、宗士が哀れんだ目で

「そんなに気にしなくてもいいと思うぜ」

 と雫の胸を指差して慰めてきた。

「なっ…!なんだようるさいな!違うよ!!」

 勢い余って立ち上がると、今度は川縁の強い風がスカートを翻す。

「わっ!」

「うわおっ」

 慌てて押さえながら宗士をきつく睨むと、ちぎれんばかりに手首を振って、「見てない!白いことしか!!」と金切り声をあげる。

「ばっちり見たんじゃないか!!」

 茶色のプリーツスカートが捲れないようゆっくり座りながら、またもや深いため息をつく。

「まったく…君といると調子狂うよ」

 すると宗士はあはは、高らかに笑い声をあげた。

「じゃあ雫は、もっと俺と一緒にいなくちゃいけないな!」

 慣れてもらわないと困るから、と付け足されたものの、雫にはよく意味が理解できなかった。

ただ、お腹の底に小さな花が咲いていくように温かく、思わず笑い出したいような気持ちになる。

ああ、なんだ。雫はやっと気がついた。

この無鉄砲で破天荒で、なにもかも無茶苦茶な青年に、なにか特別な感情を抱いている。

自分には絶対に見つけられないアクロバティックな角度から常に人生を眺めている宗士に、どこか惹かれはじめている。

「帰ろう!」

 雫は自然に宗士の手をとった。早くしないと、当真に怒られちゃうよ。

青年も白い歯を見せて笑った。腹減ったな。夕飯はなんだろう。

 飴色の夕日が川面にきらきらと反射して、二人の後ろ姿を照らす。

byたくあん