雨足が強くなってきた。

部屋にこもっていた当真は雨戸を閉めるため立ち上がる。めんどくさいな、と言いかけてやめた。

そう耐久性のない集合住宅である。雨に吹き込まれた方があとあともっと面倒だ。

幸い他の住民は出掛けていたようで、なんなく個人の部屋に侵入して雨戸を閉めることができた。それにしても各々の内面を具現化したような部屋である。つまりは汚いということだ。

残る村崎千茄の部屋に手をかけたところではっと身構えた。何者かの気配がする。泥棒でも千茄でもどちらでもいいが、これ以上下着を奪われることだけは避けたい。

深呼吸をしてから一気に戸を開けると、意外にも布団にくるまった千茄が荒い呼吸を繰り返していた。

「千茄?」

 恐る恐る問うと、返事の代わりに呻き声が聞こえた。そういえば体調をくずして寝込んでいたのだった、とようやく思い出す。

深入りしても良いことが無いのですべきことをしてさっさと退出しようとした瞬間、バチっと弾ける音がしてなにも見えなくなった。

「停電か?」「ブレーカーを見てくる」「待てるな?」何をいってもうーだのあーだのしか言わないのでは張り合いがないが無視するわけにもいかない。

 第一真っ暗闇の千茄の部屋で下手に動いてはなにを踏んでどうなるのかわからないので、諦めて布団の横に腰を下ろした。

うずくまって縮こまっていた千茄だが、当真が座ったことに気がついたらしい。一瞬体を震わせ、恐る恐る手をのばしてきた。暗闇のなかでうすぼんやりと光る白い手に引き寄せられるように、当真はごく自然に手をとった。雨戸ごしにとどろくような雷鳴が聞こえる。

「とーま?」

 か細い、ひ弱な一人の少女のくぐもった声がきこえた。

なに、と応じる。少女は答える代わりに弱々しく手を握った。

どこにもいかないで。

そう聞こえた気がする。雨音にかき消されそうな震える声で何度も何度も懇願するのが聞こえた気がした。

どこにもいかないよ。

少年も小さく応えた。伝わったかどうかはわからない。ただ少女の震えがいくぶん収まったように感じられた。

雨の滴が激しく窓を叩く。

 少年少女を一部屋に閉じ込めたまま、夕方は過ぎていく。

byたくあん